2009-08-28

島人ぬ宝

1996年に入社して、研修後に配属された営業チームで送別会をしてもらった。この部署には5年間所属していたが、本当に色んなことを教わった。

特に初めての上司には、「キミは自由に営業していいから!問題があったら言ってね!」と言ってもらい、営業所内の先輩達から色々と教わりながら自由に営業活動させてもらった。当時(90年代後半)は、かなりの不況で自分の担当させてもらっている地域の数字もかなり伸び悩み、①既存顧客への新製品の紹介、②飛込み訪問による顧客数拡大、を考えながら営業した。特に、「飛込み営業」を行なうために、競合他社の納品車を追跡してみたり、とユニークな方法を実践してみたりしたのが本当に懐かしい。

8時ごろから飲みはじめ、当時の思い出話で盛り上がり、2件目に移動。2件目では、当時の上司(沖縄出身)に歌っていただいた「島人ぬ宝」に、色んな思いがこみ上げてきて泣きそうになってしまいました。感謝しています。



僕が生まれたこの島の空を
僕はどれくらい知っているんだろう

輝く星も 流れる雲も
名前を聞かれてもわからない

でも誰より 誰よりも知っている
悲しい時も 嬉しい時も
何度も見上げていたこの空を

教科書に書いてある事だけじゃわからない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人(シマンチュ)ぬ宝

僕がうまれたこの島の海を
僕はどれくらい知ってるんだろう

汚れてくサンゴも 減って行く魚も
どうしたらいいのかわからない

でも誰より 誰よりも知っている
砂にまみれて 波にゆられて
少しずつ変わってゆく この海を

テレビでは映せないラジオでも流せない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の唄を
僕はどれくらい知ってるんだろう

トゥバラーマも デンサー節も
言葉の意味さえわからない

でも誰より 誰よりも知っている
祝いの夜も 祭りの朝も
何処からか聞えてくるこの唄を

いつの日かこの島を離れてくその日まで
大切な物をもっと深く知っていたい
それが島人ぬ宝

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